2003年9月1日月曜日

月に兎、太陽には烏 2003.9.X 初出

満月の夜、お月さんでは、いつもウサギさんが
餅つきをしております。
月の表面の陰影がウサギさんの餅つきに
見えるという事なのだと思いますが
なんともロマンチックな話です。
月には兎さんが住んでいるのであります。
十五夜お月さん見てくれろ。

では太陽さんには何が住んでおるのか、と
言えば、これは太陽さんにはカラスさんが
住んでおるようなのであります。
現代ではよく知られるようになった太陽黒点が
カラスが飛んでいるように見える、という事
なのだと思いますが、これまたロマンチックな
話です。
ギリシャ神話には、太陽神アポロと
その使いであるカラスの話が出てきます。
金色に輝く鳥だったカラスさんは
太陽神アポロによって真っ黒にされて
しまったそうです。
カラスさん、お可愛そうに。

月に兎、太陽には烏。

最近は陰陽師がちょっとしたブームという事
らしいですが
陰陽師、安部晴明(あべのはれあきら)は
その名も、金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)
という書物を学んでいたそうです。
金烏玉兎集、つまり、太陽に住むカラス、と
月に住むウサギ、の法則を
安部晴明は学んでいたのです。
金烏玉兎集。
手に入るなら僕は一度読んでみたい気がします。

月に兎、太陽には烏。

月のウサギさんは肉眼で確認できますが
太陽のカラスさんは、ちょっと肉眼では
確認できません。
そんな事をしたら目が壊れてしまいます。
よい子は絶対真似しないで下さい。
では太陽黒点を最初に発見したのは誰だろう、と
なると、これは定説では、ガリレオ・ガリレイと
なっているようです。
1609年、ガリレオ・ガリレイが
ガリレオ式望遠鏡で太陽黒点を発見。

当時のキリスト教世界では
神の創りたもうた天体は完璧のはずで
太陽黒点などというものがあるはずがない、と
されていたので
当然ガリレオ・ガリレイは、宗教裁判に
かけられたようです。
キリスト教世界の中世は本当に残酷です。
たぶん中世において、キリスト教の締め付けが
あまりにも厳しかった、という事もあって
近代に入ってからは、科学教と呼べるほど
科学、科学、と誰もが言うようになったのだと
僕は思います。
科学的に証明されたのだ、と言われると
現代人は、ハハア、参りました、となって
しまいますが
それは、聖書に書いてあるのだ、と言われて
ハハア、参りました、となるのと同じ構図
なのではないか、と僕は思ってしまいます。
現代は科学教の時代です。
文学などという非科学的なものに
関わろうとしている僕は
キリスト教中世の科学者のような気分です。

話が逸れてしまいましたが
ギリシャ神話や安部晴明の金烏玉兎集の例を
見る限り、ガリレオ以前から、太陽黒点の存在は
知られていたのではないか、という事を
言いたいわけです。

カラスが鳴いて、陽が昇り
カラスが鳴いて、陽が暮れますが
大昔の人が、カラスを太陽の使いと考えたのも
無理がないような気がします。
カラスが鳴くから帰ろう。

月に兎、太陽には烏。

僕はこのエッセイで何度か書いてきましたが
太陽や月、もっと言えば天体と人体の間には
やはり何かあるような気がします。
古代の人が、稲作の成果を左右する
太陽の働きに神を見たのは当然だとしても
僕が少しかじった精神病理学では
精神病患者に絵を描かせて治療を行うという
ケースで、患者の描く絵の中に太陽が出てくる
ようになると、どうも治癒が近いらしい、という
太陽体験、と呼ばれる症例が紹介されていました。
最近では、社会問題化している
所謂、ひきこもり、の症状を発している人に
毎朝太陽光を浴びせてやると外出できるよう
になる、という研究も発表されました。
お月さんに関した話でも、それこそ狼男の話では
ありませんが
満月の夜は交通事故が多い、という俗説は
よく聞きますし
女性の生理は、月の満ち欠けに関係があるのか
そのまま、月経、と書いたりします。
近代化して、自然の驚異から自由に
なったかに見える現代人も
太陽や月の力から意外と自由ではないの
ではないか、と思ってしまいます。

月に兎、太陽には烏。

日本の神話には、天照大神の直系である
神武天皇を熊野の地で勝利に導いた、という
三本足の神鳥、ヤタガラス、の話が出てきます。
伊勢の天照大神が、太陽神であると考えると
熊野のヤタガラスは、たぶん太陽黒点の
ことだろう、と容易に察する事ができる
わけですが、そう考えると
日本の神話も中々よくできているな、と
僕は感心してしまいます。

サッカー日本代表の公式エンブレムは
この、三本足のヤタガラス、ですが
これは日本サッカー協会の生みの親でもある
中村覚之助氏が和歌山県の熊野の出身だったと
いう事から来ているようです。
中村覚之助氏の生地、和歌山県の熊野地方は
日本全国に3000社以上ある熊野神社の総本山とも
いえる場所で、中世には、蟻の熊野詣で、と
呼ばれるほど日本全国から多くの人が訪れる
一大聖地だったそうです。
で、その熊野大権現の守り神が
ヤタガラス、なわけであります。
ちなみに何故かこの熊野の地は
南方熊楠、佐藤春夫、中上健次……といった
大文人を次々と生み出しますが
やはりヤタガラスのお導きなのだろうか……などと
僕は妄想してしまいます。

太陽黒点は周期的に太陽の表面を移動する事が
知られています。
サッカーワールドカップで
熊野大権現の守り神、三本足のヤタガラス、が
歴史の表舞台に登場して参りました。
日出ずる国、は、これからいったいどちらへ
向かうのでありましょう。

ヤタガラスよ、願わくば
日出ずる国を、どうか勝利にお導き下さい。




-月に兎、太陽には烏-